2015年09月20日

ジャイアントキリング

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ラグビーワールドカップ2015イングランド大会の1次リーグB組初戦で、日本が南アフリカに34-32で勝ちました。

まさか南アフリカに勝てるとは思っていなかったので、夫と長男と共に真夜中に大興奮でした。

これまで、どれだけ練習してきたのでしょう。
めっちゃ感動しました。

<みんなが大騒ぎするので寝不足です。 by ジュライ>



【我が家のラグビーの歴史】(駄)

我が家の歴史は、ラグビーで始まったと言っても過言ではありません。

私は独身の時、ワーキングホリデーでニュージーランドに1年間住んでいました。

大橋巨泉さんのOKギフトショップで働きながら、スキーやゴルフをしたり、ニュージーランド国内を旅行したり、バンジージャンプに挑戦したり、ルールーもわからないのにオールブラックス(ラグビーNZ代表)の試合を観戦に行ったり、楽しく過ごしました。

日本に帰ってきて迎えた冬、OL時代の後輩に誘われ、行く予定じゃなかったスキーツアーに参加しました。

滑った後、お風呂に入って、オールブラックスのラガーシャツを着てツアーの宴会場に行くと、そこに同じオールブラックスのラガーシャツを着た人がいました。
それが、夫です。

夫は、北海道に帰省するはずだったのに、スキーツアーの幹事を無理やり頼まれて参加していて、全然ラガーマンじゃないのに、ラグビーが大好きでオールブラックスのラガーシャツを着ていたのでした。

それから時が流れ、長男が小学1年生の夏、子ども会のプール当番でプールサイドにいたら、長男の同級生のお母さんから、『素敵なパン教室があって、4人1組で教えてくれるんだけど、メンバーが1人足りないから一緒にやらない?』と誘われ、パン教室に通い始めました。

パン教室の先生のご主人が、ラグビースクールのコーチをされていて、男の子がいるならと勧誘のチラシを頂きました。

長男が小学2年生の1学期の終わりに、朝になると足が痛くなったり、お腹が痛くなったりして、登校拒否になりかけました。

長男の小学校は、全学年1クラスの小さな学校で、こじんまりしていて、学年に関係なく子ども達はみんな仲良しで、アットホームでいい感じなのですが、いつも同じメンバーだと気分転換ができないかもと思い、パン教室の先生に頂いたチラシを思い出して、ラグビースクールに入団しました。

ラグビーと言うと、ガッチリした体格のいい子ばかりなのかと思ったら、小さい子や、ひょろひょろの子ばかりでした。
当時、このラグビースクールは、野球少年団やサッカー少年団の落ちこぼれ受け皿団体だったとか・・・。

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なので、おチビでひょろひょろの長男も、すんなり馴染め、そこから我が家のラグビー人生が始まりました。
(2学期になると、長男はまた元気に学校に通うようになりました。)

当時のラグビースクールは、人数も少なく、試合に行っても負けてばかりで、『がんばれベアーズ』のようでした。

でも、ラグビーを知れば知るほど面白くなり、コーチも紳士的でいい方ばかりで、お茶当番などの保護者の負担が全然なくて、長男や次男の友達のお母さんに『ラグビースクール、最高だよ〜。』と宣伝しました。

次男も小学入学と同時にラグビースクールに入団して、ちょうど『ゆとり教育』が始まり、学校が週休2日制になる時期だったので、その頃から、人数が増え始め、ラグビースクールに活気が出てきました。

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お母さん達で、ママさんラグビーチームを作って、子ども達と対戦したりもしました。

ちょっとだけど、実際に自分でラグビーをやってみて、走って向かってくる相手にタックルに行くのは、もの凄く勇気が必要で、タックルして転がって、起き上がって走るのは、もの凄く体力を消耗して、それ以来、息子達の試合を応援する時の見る目が変わりました。

長男の学年は、気の優しい長男タイプ揃いで、人数が増えても、試合に勝てませんでしたが、次男の学年は、運動神経のいい子がたくさんいる県内無敵のエリート集団で、次男は大して働かなくても、いつも勝利を味わっていました。

長男が小5、次男が小3の夏、ラグビースクールは初めて菅平に夏合宿に行きました。
うちは、息子達2人がお世話になるので、私もお手伝いに同行しました。

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長男の学年は、県外のチームを相手に負け続けていましたが、最後の試合で、当時、体重29kgしかなかった長男が、急に別人のようになりました。

それまで、向ってくる相手になかなかタックルに行けなかったのに、自分の倍くらい大きい選手に、倒されても、吹っ飛ばされても、ボロボロになりながら、懸命に相手を止めようと、がんがんタックルに行っているのです。

ラグビーの試合や合宿で、思いがけない大きな力を発揮する事を『化ける』と言うらしいのですが、私は弱っちな長男が『化ける』瞬間を目撃して、涙が止まりませんでした。
その試合は同点で、唯一負けない試合になりました。

合宿以降、長男はラグビーに自信がつき、チームメイトからも信頼されるようになり、6年生の時には試合に勝てるようになりました。
『がんばれベアーズ』と同じように、弱かったチームがいいチームになって、気持ちよく卒業できました。

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その頃、父が卓球台を買ってくれて、息子達は毎晩、家では卓球を練習していました。

長男は、中学校に行ったら、卓球部に入ると言っていたのに、部活紹介で、剣道部を見たら、雷に打たれたように痺れてしまって、剣道部に入部しました。

次男は中学校に行って、卓球部に入部しました。

兄弟で毎晩、練習しているので、長男の剣道の腕前はなかなか上がりませんでしたが、次男は1年の夏休みから、試合に出ると、賞状や賞品をもらってくるようになりました。

そんな次男と互角に卓球をやっていた長男なので、高校へ行ったら、今度こそ卓球部に入る予定でした。

なのに、ラグビースクールの友達が2人が先にラグビー部に入っていて、その2人から誘われ、長男はラグビー部に入ってしまいました。

怪我が心配だったけど、長男は、大きな怪我もなく、素敵なメンバーと共に、月より遠い花園目指して、高3の秋までラグビーを続けて、夫と私も追っかけを楽しませてもらいました。



・ラグビー部OBの方の講演会の覚え書き

演題は、『高校でのラグビー部活動と進学についての考察
〜3年生の全国大会県予選までは続けてみては〜』

ラグビーは、体が大きくても小さくても、賢ければできる。

ラグビーは、品が大事。

ちょっと前まで、ラグビーのジャージの襟は白、スパイクは黒が常識だった。
それは、フォーマルウェアのホワイトカラー、ブラックシューズから来ている。

ラグビーは、15対15で、30人もの大人数でプレーしているのに、フィールドにレフリーは1人。
それは、レフリーが見ていなくても悪い事はしないと言う性善説から成り立っているスポーツだから。

ラグビーのチームは、監督でもコーチでもなく、キャプテンが全てを仕切る。

ラグビーの試合中は、早い判断、自分の決断、自分の責任で行く。
それは、社会人になってから世界で勝負できる人間を作る。

オレのチームで、トライ取ってガッツポーズしたら、ぶん殴る。
トライを取れるのは、フォワードが痛い思いしてスクラム押して、ボールを出して、みんなで繋いでくれたお陰なんだから、トライ取った奴がヒーローじゃない。

ラグビーをやっているから勉強が出来ないというのは言い訳。
そういう奴は、ラグビーをやらなくても、勉強しない。

ゲームはやるな。
やるなら真剣勝負で失敗したら100円がすぐになくなるゲーセンでやれ。

ラグビーは、ちゃんとトレーニングしないで、ふざけた気持ちでやったら、頭打ったり、首の骨折ったりして死ぬ事もある。
ラグビーも勉強も真剣勝負でやれ。

ニックネーム masaco at 23:25| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする